小さな希望
元陸上自衛官の五ノ井里奈さんが当時所属していた自衛隊駐屯地で受けた性被害を克明に語っているYouTube動画を見た。
事件が起きた室内には約15名の隊員がいたが女性隊員は五ノ井さん一人。上司からは格闘の訓練として男性隊員に五ノ井さんを相手に「首をキメて(圧迫して)倒してみろ」という指示が出された。五ノ井さんは男性隊員に首を圧迫されてベッドの上に押し倒され、その後無理やり足を広げられ下半身を押しつけられたり腰を振られるなどの被害を受けた。それだけでは終わらず、3回にわたり技をかけられ、押し倒されては腰を振られるという行為は続いた。誰も止めようとはせずその様子を笑って見ている隊員もいた。彼女は、必死に抵抗したが男性の力にはかなわず、その場で共有されていた雰囲気を壊すことやその後の業務に支障がでることを恐れ「やめてください」とは言えなかったと話している。引きつった表情をした彼女に対し技をかけた男性は「誰にも言わないでね」と口止めしたという。
その後、五ノ井さんから被害の訴えがあったにも関わらず組織内では「知らない」「誰も見ていない」と全員がセクハラ行為を隠蔽しようとし、客観的な証拠がないとして3名の隊員は不起訴となった。
女性隊員一人に何度も執拗に格闘訓練の相手をさせる異常さ、下半身を押しつける行為を問題と思わないその場の雰囲気。力づくで抑え込み屈辱的な姿勢を取らせ笑える行為として共有する男性同士の連帯感。軽いノリと冗談だと言わんばかりの口止めの言葉。人間としての尊厳を踏みにじられた絶望感や恥辱感、憧れて入隊した自衛隊という組織からの裏切りと失望。彼女はその無念を晴らすため、また未だに被害を受け続けている仲間のために謝罪と再発防止を求めオンライン署名を開始した。
彼女の実名顔出しの告発には多くの賛同者が集まり、今年8月には防衛省に対し10万筆を超える署名が提出された。さらに9月29日には防衛省は一転して事実関係を認め、五ノ井さんに対して公の場で異例の謝罪会見を行った。会見で五ノ井さんは(今になってセクハラを認めるのは)「本当に遅い」と涙ながらに語った。今後は加害行為を行った3名の隊員からの直接の謝罪を求める。
圧倒的な男性中心の集団や組織の中では女性の性が軽んじられ、性的な接触はネタやノリとして扱われることがある。声をあげれば「大人げない」だの「大げさ」と非難される。実際に五ノ井さんのところには「自衛隊の名誉を汚すな」「血気盛んな男達の場所に女性が入る意味を考えろ」「そんな甘い気持ちで入隊したのが間違いだ」といった自衛隊を擁護する誹謗中傷が寄せられているのだが、この内容そのものが自衛隊のセクハラ体質を暴露しているってことには気が付いていないようだ。被害当事者の語りは疑う余地などなくただただ真っ直ぐでそのひたむきな姿には心打たれる。対して加害者側の主張はいつも薄っぺらく責任を逃れようとする必死さは痛々しいくらいだ。
組織内部で起きた問題を徹底的に調査し、事実を認め、謝罪するという当たり前のことがなぜ出来ないのかとつくづく思う。記憶がないとか記録がないとか(忘れすぎだし、なくしすぎ)かと思えば突然記憶が呼び覚まされたり(バグ?)真実が暴かれそうになると体調が悪くなったり、質問に逆切れしたり(質問と答えあってる?)方々。自分のことしか考えず、あまりにも無責任で不誠実な姿に「オイ!」」とか「そんなことある?」とか「ふざけてんの?」と口走るたびに息子が「俺のこと?」とビクつく日々。(すまん)
不当な扱いに屈することなく被害を告発した彼女の、誠実でまっすぐな姿に多くの人が勇気をもらい、共感し、連帯した結果、組織の意思決定すら変えることが出来た。謝罪会見を見たときは思わずガッツポーズまで出た。
「聞く力」を失い、理不尽なことを「決断」して「実行」しちゃう政権とは対照的に世論は理不尽な境遇にある人達の声を聞き、自分が受けてきた不当な扱いに気づき、真実を明らかにしたいと望み、心からの謝罪を求めたいという当たり前の感覚を取り戻したのかも知れないと思った。
※この記事は、学会、フェミニストカウンセラー協会、フェミニストカウンセリング・アドヴォケイタ―協会が持ち回りで投稿しています。